現役Virtual女子大生

架空の人物は叩いても怒られません

20より19、18より17

この不平等な世界で生活する生き物として、奇しくも平等に与えられてしまった時間。これが一方通行であり、取替しのつかないものであることは周知の事実であります。

これを読む方々がどれ程の時間を過ごしてきたか、そんな事はわからないけど、貴方が干支を2周分した年齢であれば私と同じ時代を生きてきた同期になりますね。

好きな作曲家が同い年だったり、最近流行りの曲を年下が歌っていたり、着実に大人の仲間入りをしていると感じる今日この頃。

人生の大きな節目とも言える18歳と20歳を迎えた時の事なんてたいして覚えていなかったりするので哀しくなってしまいました。それでいて17歳と19歳の時なんて更に何も覚えていないのに、とてもエモーショナルな気持ちになるのはなんのせいなんだろう。

 

 

 

学生気分のやり直し

リモート講義を受ける中、ただでさえ学年がダブり、感染症問題以前に知人を作ろうともしなかった私は人生最後(になるであろう)学生生活を独りで過ごしております。

元々ダブる前も、同学内には友人と呼べる友人は人っ子一人も居ないのですがね、ここ3年自分の大学の人間と連絡を取ったこともないのです。何故だか学内に友人を作ることを異常なまでに避けていました。今では困った事ばかりです。

とはいえ大学で知り合った友人は人並みには、という具合いでありまして、それなりに「知人は多い」人間をやらせて戴いております。インカレサークルで知り合ったキッカケによる友人です。

私の大学生の青春は全て他大学のモノで、そんな思い出たちは私の本来のテリトリーではない全く別の土地に置いてきてしまいました。引退をしてしまった今、誰に会うわけでも無いのに他大学に足を踏み入れることに抵抗があります。卒業生でも現役生でもなければサークル員でもない、私は金輪際あの思い出の土地に入れないのだと思うと少しかなしい気持ちになるのです。

しかしこうして出来た縁。友人は大切にしたいもの。そんな中で現在も他愛もない連絡を取り合う仲の人間は、何故か一個上か一個下ばかりであり、巡り合わせというのは不思議なもんだと再認識いたしました。それとも私の人間性に何らかの難があり、同級の人と繋がれないのかもしれませんね。

 

思い返せば現役でサークル活動をしていた際、私はみんなより一歩下ったトコロに立つ人間であったと思います。はっちゃける皆をできる限り見守らなくてはという意識の上でそうであったのかもしれないし、私がそっち側に成るのが恥ずかしいという意識もだいぶあったはず。

何十人何百人と平気で所属していた団体でありましたから、十人十色有象無象様々な人間がいたと思います。そんなトコロではっちゃける側の人間に成れなかった事を今私は悔いているのです。

あんなごちゃごちゃした空間で、恥がどうとか、迷惑がどうとか考えることすら不要だったのでは。

私と同様に一歩引いたトコロで見守るタイプの人間なぞ巨万と居た。あの日あの時あの場所で、私がそのタイプに回らなくても、あの飲み会は普通に成立したのだ。「側の気持ち」は側に移らなくて分からない。

店に迷惑かけたあいつらの気持ちも、女性にしょうもないセクハラしたあいつらの気持ちも、ベロベロな状態で私を蹴ってきた見知らぬあいつの気持ちも、私が一歩下ったトコロに居たせいで味わえなかった。

 

もし私が人生をやり直せるのなら、最初からとは言わないから、あの飲み会ではしゃぐところからやり直させてほしいと願うのです。

 

下戸な私ではありますが、コロナが収束したらまた皆で汚え居酒屋で煙草を吸いに参りたい。そのときは、いつも通り一歩下ったトコロでみんなを介抱することでしょう。

世間知らず・Wi-Fi有らず

ちゃんと考えればわかることだった。

 

あの時から会話で感じる微妙な違和感の答えがそれだった。

 

私がいかに世間知らずであるか思い知らされたのだ。

 

日本の家庭ではほぼ100%でインターネット環境が整っているものだと思っていた。

 

水を通す水道、電気を通すコンセントプラグ、停電しても繋がる電話線。

「家」と呼ばれるものにはすべて、少なからず日本に置いて人間が住む居住スペースにはこれらと同じくらい至極当たり前のように備わっているものだと。

 

ついさっきのさっきまでのことである。

 

幼い頃からインターネット環境が備わっていた事。

早い段階で無線LAN(今では考えられないくらいよく切れるし遅いもの)が我が家では導入された。

ネットが金のかかるもんだと言うのは電話回線を使っていた頃に痛い程学んでいたけれど、それでも我が家の生活には欠かせないものであったからみんなの家庭にも絶対あるものだと思いこんでいた。

うちは裕福な家庭ではない。ゲームも買ってもらえないし、好きな習い事もやらせて貰えなかったから、そんなうちにあるもんは他の家にはもっと立派なもんがくっついてると思っていた。

 

時代は代わり現在。令和2年である。

コロナにより在宅ワークやオンライン授業についてあれこれ議論されている。

 

そりゃー確かにこんだけネット繋ぐ人が同じ時間に増えると回線が大変なことになるだろうなくらいは考えていたけど、大学講義のオンライン化になんでこんなにぐだぐだしているのだ。

家庭にネットワーク環境が整っておらず、通信回線を使わなければならない。なるほど。

私はここで初めて知った。

 

どうりで通信制限に爆速で引っかかるやつがいるのか理解できた。

家から出ずにYoutube観てけど制限やべ~とか言う友人に私は「Wifi切っちゃったまま観てたりすることあるよね」とか言ってたわ。だから話が少し合わなかったのだ。

個性が強い社員です。

個性が強い。

うちら個性強いじゃん。

俺って変わってるじゃん。

 

とかいうのが嫌いです。

友人がそう言ってもうるせーーーーって言うくらいには嫌いですが、だからといって絶対関わらんでおこうと思うわけでもないのでご安心ください。そのセリフは認めます。

 

就職活動をする身として企業選びは死ぬ物狂いの日々です。

ある程度の軸を据え、選別していても掃いて捨てるほどの会社が出てきます。

とはいえ私は優秀な人間ではないので有名大企業なんかは困難でありますが、それでも沢山あるんです企業っつーもんは。

財閥化してしまえ。

 

WEBサイトをみたり、採用SNSを観たり、WEBセミナーを聞いて「我々社員は個性が強く」なんて言ってる会社はみないことにしました。大中小問わず。

ある程度気が楽になりました。

 

就職活動中の学生はぜひ参考にしてみてください。

スカートの下にジャージを履く女子高生

青春だと感じる瞬間は日常のあちらこちらに散らばっている。

置き忘れてきた私の青春は、私が見かけた他人の青春で補完されていく。

 

馬鹿みたいに寒い日が続く中、颯爽と走り抜ける二人乗りのチャリ。

ペダルを漕ぐ男子高校生の後ろには、スカートの下にジャージを履く女子高校生。

 

こんな100点満点の光景に、自分を置換させることは出来なかったけど足取りは軽かった。

今日も煙草が美味いのである。

シンガポールを知らない女の所為で死にたくなった

 

シンガポールを知らない女がいた。

 

電車に乗り合わせた見ず知らずの同じ年くらいの他人だ。

 

シンガポールって何なん、と腹を抱えて笑う彼女とその周りの人は楽しそうだった。

 

私はあなたを知らない男だけど、私はなんだか死にたくなった。

修学旅行後の思い出

私の通っていた高校は、修学旅行がアメリカ西海岸だった。

ロサンゼルスを中心にぐるりぐるりと有名な観光地をバスでまわり、あちらこちらで必ず集合時間に遅れてくる私達に当時の担任は肝を冷やしていたことだろう。

猛省しております。

 

私立だったこともあり、日頃厳しい校則で縛られていた生徒たちも今回だけはと先生も寛容で、好き勝手に遊び散らしていた。

ゴールデンゲートブリッジでクラス毎の集合写真を撮ったり、どっかの水族館で疲れて寝てたり、一番の休憩時間にあてるねべきバス移動ではおおいにはしゃいで騒ぎ倒したもんだ。

修学旅行も無事終え、帰国した私たちはまたいつも通りの高校生活が始まる。

と、思っていたけれど、私だけが先生に呼び出された。

 

「集合写真に必ずお前だけ写っていない」

 

ホラーとか、いじめとかそういうんではなく、まじで集合写真を撮る瞬間必ずどっかに行ってたせいで私一人が絶対に写っていなかった。

その月の広報紙には本来載るべきだったみんなの集合写真は載ることがなく、みんなが思い思いに楽しんでいる写真が載ることになった。

ちなみの卒業アルバムも。

生徒会だかなんかの保護者たちは生徒が必ずみんな写っているかを確認しなくてはいけなかったらしく、私一人が必ずいないもんだから大騒ぎになったらしい。

 

担任に軽く説教され、学年主任にはどつかれたがそれはもう昔昔のおはなし。